人からよく彼のどこが好きなんだとか、どこに惚れたんだとか聞かれるけど大概は私、答えられない。
そんなの分からないんだもん。答えは落ちてもいないし転がってもない。
自分の頭で考えればそれっぽい言葉は浮かぶんだろうけど、熟考してチョイスした台詞を口にしてもいまいち心に響かない気がする。

だって、恋愛ってのはそういうもんでしょう?
本能の赴くまま。自制が利かなくなるまでとことん相手に陥(おちい)る。
愛し合って愛し合って、深く深く傷つけあうの。
私たちの場合、そういう恋愛をしてる。


***

あいつとのデートの日。

アイラインを引いて、マスカラで睫毛を濃くする。仕上げのリップは夢視る乙女の様なピンク色。
別に素顔が嫌いって訳じゃない。素顔で外出するのに抵抗があるわけでもない。
あいつと会う日だけ。特別派手に化粧をする。
着飾る私を「可愛い」だなんて殺し文句で引きつける、ずるいあいつの一言が欲しくて。

いつもよりおしゃれして、待ち合わせ10分前から出かける。
8cmのピンヒールがカツカツ尖った音を鳴らしてアスファルトを蹴る。
小気味良い音。
ふと立ち止まり、肩からややずりおちたファー付きのバッグを肩にかけなおす。
再び歩みを進めた。


あいつはきっと今日も、余裕の顔をぶら下げて、私に会うのだろう。
「髪伸びた?似合ってるよ」
そう言って微笑むに違いない。
私が身だしなみの変化に気づいて欲しいと分かっているから。
私の考えている事はあいつにとっては、お見通しなんだ。

あいつは私を虜にする悪魔。
甘いマスクを持ちえた、残酷な悪魔。
私に対してだけじゃない。

そこらの女を魅了させようとその気になればきっとどんな女だって落とせるくらいに、あいつは色男だ。
私の事を一番愛してるってあいつは言う。
私はその言葉を素直に喜ぶけど、信じてはいない。
あいつの体は消したつもりでいるらしい女の匂いが充満してる。

ヘドが出るくらい甘ったるい女もんのパフューム。
私は私を手なずけるためにあらかじめ用意していたクサい台詞を吐くあいつに対し、その意図に気づいていないただ幸福に酔ったミーハー女を演じる。
お笑いもんだよね。
お互いがお互いの仕組んだ罠に引っ掛かってないと思いこんでる。
おかしくてたまんない。だけど自分の気持ちには逆らえない。
どうしようもなく質(タチ)の悪い男にほど、女は愛をそそいでしまうとはよく言ったものだ。
まさしく、その通り。あいつが質の悪い男代表だと言っても過言じゃない。

それなのに私はあいつを愛してる。
あいつが私を愛すように色々と働きかけているつもりが、いつの間にか完全にあいつのペースに流されている。
いつでも、そう。あいつは流されたふりして流している立場に立って傍観してる。
外から関わらずに傍観しているのに、そんな素振りは少しも見せず、立派に傍観者の役を務めている。

傷付けず傷付かず、一番最善で安全な場所に身をゆだねる、利口で臆病な傍観者。
私はその傍観者に散々振り回されてきた。
出会ってからだいぶ時が流れたが、あいつは一度も周りの事を、言うなれば私のことを考えて動いてくれたためしがない。
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